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  媛媛講故事―76

怪異シリーズ 45             「白狐」U

                                      何媛媛


 
  鈴児は柳と故郷へ帰る際、沢山の財宝を持参しましたので、柳の故郷の古びた家を修繕したり、良い畑を買ったりして、際立って裕福とは言えないながら二人は何も心配することのない生活を続けていました。

 そして、瞬く間に二年の歳月が経ちました。柳は何不自由のない生活の中でも、やはり科挙の試験を忘れることはなく、勉学に励み受験の準備をして来ました。

 鈴児はそのような柳の姿を見て言いました。

 「科挙の試験に備えて勉強する方たちの目的は出世して豊かな生活をしたいと望むからでしょう。私たちは、今はもう何も支障のない生活をしています。あなたはどうして試験勉強を続けて出世したいと思われるのでしょう」

 「いや、生活はそなたのおかげで豊かになってはいるが、私はどうしても科挙の試験に合格して役人になりたいと思っているのだ。それが私の生涯の目標だ」

 と柳が答えました。

 鈴児は頭を横に振りながら何事かを心配している様子でその様な柳の姿を嘆いているのでした。

 このようにして、柳書生は、毎日読書し、鈴児は普通の女性のように織物を織ったり、こまごまと家事をしたりしていました。

 ある日、鈴児が外出している間に一人の男が柳を訪ねてきました。初めて柳が受験した時に知り合った男で、初回の試験で主席合格した秦槐という男です。

 「やあ、久し振りです。いろいろご活躍していらっしゃると聞いている。私のほうは恥ずかしながらいまだ試験勉強に没頭している」

 「やあ、本当に久し振りだね。いい家に住んでいるじゃないか。結婚したのか。奥さんはどこのお嬢さんだったのかね。綺麗な人のようだね」

 「いゃあ、ごく普通の家の娘だ。顔はあそこの絵に描かれているとおりだ」

 柳は壁に掛けてある絵を指して簡単に答えました。秦槐は画像をしばらく見つめていました。

 秦槐が帰った後で鈴児が家に戻って来ましたが、何か落ち着かない様子でした。

 それからしばらくして、いよいよ柳が試験のために上京する日が明日という日になりました。また秦槐が柳のとこへやってきました。

 「本当に試験に行くのか。無駄だよ」

 「これから試験を受けに行こうというときに、なんでその様な話をするのですか。無駄というのは何か理由があるのですか」

 「では、その理由(わけ)を教えよう。いいかね。あなたの妻は狐だという話ではないか。狐だと知りながら妻にする人間が役人になれると思うか」

 柳は秦槐が妻の本当の姿を知っていることに吃驚し、同時に体中から力が抜けてゆくようでした。

 「どうしたらいいのか」

 「殺すしかないだろう」

 「そんなことは私にはとてもできない」

 「それなら出世は諦めて、狐の妻を守るしかない。どちらを選ぶかはあなた次第だ」

 柳は返す言葉なく黙り込んでしまいました。そして、鈴児の優しいところを一つ一つ頭に思い浮かべました。しかし、我に返って考えればこのままで自分の人生を終わらせてしまうのは本来の望みではありません。

 「殺さなくとも済むような方法は他にないのか」

 「ない。狐は君にしっかり着き纏って離れないはずだ」

 柳は心を決めて訊ねました。

 「どのように殺すのだ」

 秦槐は懐から一つ紙の包を出すと、柳に言いました。

 「いいか、この薬をご飯に混ぜて食べさせよ。簡単ではないか」

 柳は躊躇しながらも薬を受け取りました。

 晩ご飯の時、柳は薬をこっそりと鈴児のスープに混ぜました。愈々鈴児がそのスープを飲もうという時になって深い後悔が柳の心の奥深くから湧き上がってきました。しかし、鈴児は止める間もなく既にスープを口にしてしまっていました。 スープを飲んだ鈴児の顔が白く変わり倒れたのを見た柳は慌てて鈴児を抱きあげ医者のところに行こうしました。

 その時、鈴児が柳に言いました。

 「もういいのです。この日が必ず来ると分っていました。私はあなたの妻になれて満足です。聞いてください。実は、私は狐ではありません。もう十年も前になるのですが、あなたが受験のために上京される道中で大きな蛇が女の児に巻きついているところをごらんになられました。あなたはご自分の危険を冒してその児を救ってあげましたわね。覚えていらっしゃいますか? 私はその児なのです」

 柳は思い出しました。蛇から女の児を救って、家まで送り届けたことがありました。妻は狐ではなく人間だったのです。その児は綺麗な女性に成長して、しかも自分の妻になって夢のような日々を共に過ごしていたのでした。

 鈴児の声は次第にか細くなってゆきましたが、尚も力を振り絞って話を続けました。

 「二年前、寒山寺であなたをお見掛けしてすぐに私を救ってくださった方だと分かりました。どんなふうに自分を紹介すればよいかわからず、冗談半分で「白狐」と名乗り、あなたの許に通うようになりました。あなたは何も疑わず私の話を信じて下さいました。私はあなたに二年間お仕えすることができ十分満足しております。死んでも心残りは何も…」

 ここまで話すと鈴児は力尽き意識が遠のいて行きました。しかし、まだ何かを言いたい様子で、唇だけがかすかに動くのですが声にはならず、がっくりと頭を落とすと息絶えてしまいました。

 柳は何日間も深い悲しみに打ちのめされていました。そして秦槐の勧めに乗った自分を強く責めました。しかし、科挙の試験が目の前に迫っています。この機会を逃せば次回はまた三年先になります。柳は周りの人々に、鈴児は急病で亡くなったと告げ、葬式をそこそこに済ますと上京しました。

                                                       (続く)


イラスト:満柏



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