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  媛媛講故事―68

怪異シリーズ 37    「和氏璧(かしのへき)の伝説」Ⅱ

                                 何媛媛


 前回では、卞和が山で見つけた珍しい玉の原石を、卞和と卞和の友人の新成が牛車に載せて、何日間も掛けてやっと王宮のある都城に到着しました。そして宮殿の前で、彼らが運んできた原石がいかに素晴らしいものかを兵士に説明し、大王にお目通りを願い出たところ、果たして、大王から面会の許可が下りたという知らせを貰いました。そこで卞和は服や帽子を整えて、一人で宮殿に入りました。

 大きな庭を通り抜け、いくつもの扉をくぐり抜け、やっと広い殿堂に入りました。真向こうの高い椅子に、冠を被り、豪華な衣装を身に纏った表情の厳しい男が座っていました。そのお方が間違いなく大王である厲王だと卞和はすぐ分かりましたので、すぐ地面に膝をついて恭しくお辞儀をしました。

 「おぅ、まだ少年だな。大層立派な宝物を見つけたと聞いている。本当なのかな。一体どんなものなのか、教えてくれるか」

 と大王が言いました。

 「私は薪を切り出すため、毎日山で働いています。先日、たまたま大きな石を見つけました。しかも、よく観察してみますと、その石は希世の玉を潜ませていると思われましたので大王に献上しようと思って運んで参りました」

 「本当か。そなたはそんなに若いのになんで普通にしか見えない石に美しい玉が潜んでいると分るのだ?」

 と大王が訊ねました。

 「実は私の祖父、父も玉工でしたので、私は幼い頃からその傍で、二人が仕事をするのを見て育ちました」

 「おぅ、そうか。では、その原石をここに運んできて皆のものにも見せてもらおう」

 何人かの兵士を遣わすと、しばらくたって、原石が運ばれてきました。

 「何?これが宝物? ただの石にしか見えないではないか。どのように見ても玉が潜んでいるとは信じられないが」

 大王が疑わしそうに言いました。

 卞和は

 「外から見れば、ただの石のように見えますが、私のこれまでの経験からその中に大変美しい玉、しかも希世の玉が潜んでいると信じでおります」

 「そうか。そういうことであるなら、宮中の玉の細工師達を呼んできて、皆で鑑定することにしよう」

 大王の命令を聞いて、まもなく年寄りの細工師七、八人ほどが部屋に入ってきました。

 「おい、皆の者、この石をこの若者が持ってきた。石の中に希世の玉が潜んでいるとこの若者が言っている。本当かどうか、皆で鑑定して見よ」

 と大王が言いました。
 細工師たちは髭を捻じりながら目を細くして原石をぐるぐる回って詳しく調べ始めました。それぞれの頭にいろいろな思惑が浮かびました。
 「この若者はたしかに原石の中に潜む玉を見抜く凄い目を持っている。この石の真ん中には確かに美しい玉がある。でも、もしこの若者が大王の前で、大きな手柄を立てたら、大王に重任されて、俺は王宮での仕事を失ってしまうのではないか」
 「この石はどう見ても、希世の玉宝を潜ませているとは見えない。自分の眼力を過信してなんていうことを言うのか。本当に身の程をしらない若者だなぁ」

 「この石は若者の言うとおり、ひょっとしたらただの石じゃないかもしれない。けれど、万が一石を切断して玉の素材が見あたらなかったり、或いはごく平凡な玉の素材でしかなかったら、俺の面子は潰れてしまう」

 長い間、誰も言葉を発しませんでした。大王は黙ったままの玉工達に訊きました。

 「どうじゃ。そなたたちは皆、名高い玉工ではないか。この石を見て、どう思う。本当にこの石の中から希世の玉を磨き出す事が出来るのか。それとも、それはただの石にすぎず、この若者は全くのでたらめを言っているのか」

 玉工達はお互いに見合わせるばかりで誰も先頭きって発言したくありませんでした。卞和は、自分より年かさの玉工達の誰もがこの石を認めていなさそうな様子を見て焦りました。

 「大王様、私を信じてください。間違いなくこの石の中には玉宝が潜んでいます」

 若者がいうのを聞いた一人が卞和に向かって話し出しました。

 「若い癖に、過剰な自信を持つな。我々はこれまで玉に関わる仕事を続けてきた。我々が今まで見た石の数は、お前が食べた岩塩の塊よりも多い。このような石はどこでも転がってるじゃぁないか。どうしてこの石だけが美しい玉を潜ませていると思うのか」

 一人が口を切ると、もう一人の年取った玉工も言いました。

 「そうだ、そうだ。希世の玉がこんな容易に見つかるものではない。我々経験の持つものからみれば、この石はその辺に転がっている石と同じようなものだ。お前は大王を騙すつもりなのか」

 厲王の顔は、玉工たちが口々に言うのを聞いている内に厳しくなってきました。

 「卞和、先輩たちの玉工たちの見立てを聞いているか。いい加減なことを言うと、ひどい懲罰を受けることになるのは知っているであろう」

 卞和は

 「大王さま、私が見る限りこの石は滅多にない凄い石です。どうぞ私の言うことを信じてください」

 一人の玉工が大王の前に出ると確信のある口調で言いました。

 「大王、この若者の話は全くでたらめです。この石は全くの普通の石です。おそらく大王をたぶらかそうとした不届き者だと思われます」

 厲王の表情はますます厳しくなって来ました。

 「よし、分かった。大胆な嘘つく奴じゃ!懲らしめの為には罰しなければならないこともある。誰か来い!この者を刖刑に処そう!」

 大王の命令を聞いて、すぐ二人の兵士が入って、卞和を殿外へ引き出して行きました。

 刖刑とは、足を切るという古代の酷刑の一つです。卞和は国と大王に胸いっぱいの忠心を持って宮殿まで石を運んできたのですが、玉工達の利己心によって大王の信任を得られず、却って残酷な刑罰を受けることになってしまいました。

 一方宮殿の外で新成は卞和の帰りをわくわくしながら待っていましたが、なかなか帰ってこないのでじりじりしていました。やっと宮殿の奥から、二人の兵士が石を運び出してくると、その後に続いてもう二人の兵士が卞和を引きずって玄関を出て来ると地面に放り出して行ってしまいました。新成がす早くその傍に駆けつけてみますと卞和の顔色はすっかり血の気を失って、その両目は固く閉じています。しかも、左の足が切り落とされて血まみれなっていました。

 「どうしたのだ?この足は!」

 新成はびっくりして叫びました。しかし、卞和は苦しそうに口をしっかり閉じ、ただ頭をしきりに振るばかりでした。

 新成は急いで卞和を静かな場所に移すと、薬屋に走り止血薬と包帯を買ってきて傷を処置しました。卞和は新成の手当てを受けながら、途切れ途切れに宮殿内で起こったことを話しました。そして言いました。

 「我々は帰ろう。今は私を信じでくれる人はいないが、いずれ必ず信じてくれる人が現れる」

 二人は再び石を牛車に乗せると、何日間もゆらゆらと牛車に揺られて帰路を辿りました。(続く)

                                                                    




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