'



  媛媛講故事―53

怪異シリーズ 22          花好き翁Ⅲ

                                 何媛媛


   
  ところで、張委はお酒を飲みながら庭の景色眺めているうちに、ますますこの庭が気に入ってきました。

 「おい、ちょっと相談したいことがある」

 「どんなことでしょうか?」

 「この庭を売ってくれないか?」

 秋先がびっくりしました。

 「え!何を言われますのじゃ。この庭はわたしの命です。売るなどとんでもないことです!」

 「おい、わたしの命だなどというな。金はいくらでも出す。仕事がなくなると心配するなら、今まで通りここに住んで俺のために花を育てるっていうのはどうだ。こんないい話はどこにもないだろう?」

 張委の仲間たちも張委に口を合わせて

 「おい、お前、運がいいじゃねえか?金は懐に入るし、良い仕事にはありつくし、早く張委さまに礼を言えよ」

 あまりにも突然な話で、秋先は頭がまっ白になってしまい、何と答えてよいか分かりません。ただただ、自分が大切に育てて来た大好きな庭が奪われるかもしれない恐怖にからだの震えが止まりません。

 「だめです!いけません!庭を売るなどということは金輪際できません!」

 張委は、これまでどんなことでも反対されたことなどありませんでした。それが思っても見ないことに秋先に自分の申し出を強く拒否されて、大変怒りました。

 「何だと?嫌だっていうのか?馬鹿な奴だな!俺のいう通りにしないなら、後が大変なことになるぞ!分かるかい?」
 秋先はいったいどういうことになるか分からず恐怖で黙っていました。

 「おい、早く答えろよ!売ってくれるかい?」

 「わ、わしはもう言ったのじゃ。売れないのだ」

 「なに?まだ売らないと言い張るのかい?頑固なじじめ。この庭を俺に売らないっていうなら花畑はめちゃめちゃにしてやるぞ!信じるか信じないか、じじい次第だ!」

 秋先は張委という、このならず者の悪名を以前に聞いた事がありましたが、今日こそは本当にその無茶さ、乱暴さが分かりました。秋先は大変腹を立て、言いたいことは山ほどありましたが、よく考えて、このまま言い争うより、むしろまずは結論を先送りする戦術を取った方が良いと思いました。

 「じゃ、わしによく考えさせてくれるかね? 一日でもいいから」

 「よし、言う通りにしよう。いくら欲しいのか明日までよく考えておくんだな。じゃあ、今日のところは帰るとしよう」
 張委は承知しました。

 張委の一行はお酒を既に沢山飲んで、みんなすっかり酔っていました。彼等は帰ろうと立ち上がりましたが、足がふらついてちゃんと歩けず、よろよろとよろめいては秋先が丹精して育てた植物にぶつかってばっかりでした。秋先は慌てて両手を伸ばし、張委達から花を庇おうとしました。張委はそんな秋先を見て、

 「大丈夫,大丈夫、こんなに沢山の花が咲いているのだから、一輪や二輪ぐらいは気にしなさんな。みんな、もっと沢山取って帰って今晩よく観賞しようよ」

 と両手を伸ばして乱暴に花を手折り始めました。

 秋先は張委を捉まえると大声で

 「止めて!止めてください、ぼっちゃん。こんなに奇麗に咲いている花を切っちゃうなんて可哀想じゃないですか! 花も生きているのだから、花の命を奪うことになる。ぼっちゃんのしていることは犯罪です」

 花を庇う秋先に対して張委は怒り始めました。

 「なにぃ!? 犯罪だとぉ!? 明日からこの庭は俺の物になるんじゃぁないのか? だから、俺がこの庭で何をしようと誰も何も言えない筈だ。この庭の花を全部切っちゃっても、犯罪などになる訳がない!」

 と、張委は更に花を自分に近づけ、手で花をむしり始めました。秋先は、そんな張委を見て我慢も限界に達し、張委を強く押し戻して花を守りながら怒鳴りつけました。

 「やめなさい!わしの目が黒い間は、花一つだってちぎることは許さん!花から離れなさい!」

 張委には今まで面と向かって自分にはむかう人に出会ったことがありませんでしたので、秋先の強い怒りの言葉に暫しあっけに取られ、しかし、またすぐ我を取り戻し、指で秋先を指すと、大きな声で

 「これはこれは、このクソ爺!ずぶとくも俺に指図をするのか? この庭のすべてはもうすぐ俺のものだ。みんな!怖がるな!花を思う存分むしりとって、この花畑をめちゃめちゃにしてやろうぜ!」

 と仲間たちに呼びかけました。張委の一行は我さきに花畑に突入すると、秋先が丹精込めて育てた植物や花を踏んだり、むしったりの乱暴の限りを盡しました。

 可哀想に秋先は、彼らの後についてあちこち走り回り乱暴をさせないようにしようと思いましたが、多勢にたった一人ではどうしようもありません。結局、何もできないままあっという間に秋先の目の前で大好きな花畑は乱暴者達によって無惨な有様になりました。秋先は地面に座り込んで「わぁわぁ」と泣き始めました。

 秋先の庭での大騒動に、人々がどんどん集まって来ました。殆どの人は秋先を同情して張委一行の行為に眉を顰めましたが、張家の勢力を怖れて非難の気持ちをじっと堪え秋先の代わりに張委に謝ったりなだめたりしました。

 張委は、庭先に大勢の人が集まって来たので乱暴を止めました。

 「今日はここまでだ。明日また来るからよく考えておけ!」

 張委は秋先に強く言い残して帰りました。(続く)      
                                                                    


                         
 *


                         TOP