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  媛媛講故事―50

怪異シリーズ 19          奇妙な壺
                                 何媛媛


   
 昔、河南省の汝南郡に、市場を管理している費長房という役人が居ました。或る時、市場の誰もが知らない、いかにも遠方から来たらしい老人が市場にやって来て薬を売るようになりました。薬の値段は高価な上、値段の交渉も出来ませんでした。しかし、薬はとても効き目があり、どんな難病にもよく効いて治すことができると評判になりました。

 男はいつも壺一つを持っているので、皆から「壺公」と呼ばれていましたが、壺公の商売は瞬く間に繁盛するようになり、一日に数万銭(数十両白銀に相当)(註)を儲けることができるほどでした。しかし、老人は自分には僅かしか残さず儲けの殆どは町の貧乏人に与えてしまいました。

 費長房は、ある時から壺公の奇妙な生活に気付きました。壺公の壺は、日中はいつも家の軒に掛けてありますが、夜になると壺公は体を小さく縮めて壺の中へ飛び込み、その中で休んでいるのです。そんな訳で「壺公はきっとただの人間ではない」と費長房は思いました。そして、費長房は壺公の売り場を毎日奇麗に掃除し、時には食べ物を持参し壺公に食べて貰ったりしました。壺公はその都度あまり遠慮もせず受け取るのでした。こうして、費長房が壺公からの見返りは何も求めることなくひたすら親切に接していたある日、壺公が言いました。

 「今日、日が暮れて人気がなくなったら、ここに来なされ」

 その日の夕暮れに、費長房が壺公のところに行くと壷公が言いました。

 「わしが壺に入いるところをご覧になったのじゃね?」

 費長房はちょっと吃驚して

 「え!?あ、そ、そうです。でもどうしてそれがわかったのですか?」

 「いや、わしは何でも見通すことができるのじゃよ。だが壺に入るのは簡単なことだ。お前さまもわしを真似ればできるのじゃよ」

 費長房はさらに目を丸くして

 「ええっ!そんなことが出来る筈などないでしょう?」

 「いや、できるのじゃよ。わしのように壺に向かって跳んで見てごらん」

 費長房は半信半疑で言われた通りに跳んでみますと、まったく気が付かないうちに、壺に入ってしまいました。

 壺の中は、美しい世界が広がっていました。まるで宮殿のような屋敷、高く聳える楼閣、そして幾重もの立派な大門が連なっています。長い、曲がりくねった廊下には、数十人もの侍者がずらりと佇んでいていつでも用があれば応えようとしているかのようです。費長房が驚き呆れてぼんやりしていると、壺公がそばで話し始めました。

 「実は、わしは仙人なのじゃよ。昔、天界にある役所で勤めていたが、或る時、遊びにはまって仕事をさぼってしまった。それで罰を受けて、人間界におとされたのだが、長くここに留まっている間にお前さまが良い人間だと感銘し、仙術を教えても良いかもしれないと思ってわしの秘密を見せたのじゃわい」

 費長房は、それを聞くとすぐうやうやしく跪いて,頭を地面打ち付けて言いました。

 「この私めは何も知らずあなた様に無知の罪を幾度も犯し失礼を重ねました。しかし、幸いにもお見捨てなく、さらにご厚情を下さいますとのこと深く感謝申し上げます。私は大変愚鈍な人間ですので、あなた様のご厚情に応えられないかもしれませんが、友として遇して頂ければこの上もない光栄に思います」

 壷公は費長房の言葉に続けて言いました。

 「そのような気持ちを持たれるのは結構なことだ。ただわしが話したことを決して人に言わないで欲しいがの」

 費長房は強く頷いて承知しました。

それからしばらく後、壺公が建物の二階にある市場の事務所へ費長房を訪ねてきました。

 「いっしょに酒を飲まないか。わしは少しばかり酒を持ってきたぞ。下の階に置いてあるがの」

 「それは、嬉しいです。では、誰かに運んで貰いましょう」

 費長房は市場の雑役夫たちに命じました。が、なかなか運んで来ません。様子を見に行ってみますと、酒の容器は見た目には小さいのに重くて誰も持ち上げる事が出来ません。費長房は不思議に思いながら壺公に訊きました。

 「申し訳ございません。お酒が重くてどうしても運べない様子です。どうしたら良いでしょうか」

 壺公は笑いながら下におりると、指一本で酒の入った容器を運び上げ、二人で飲み始めました。ところが、拳大のコップ一杯の酒は、いくら飲んでも中身は全く減りませんでした。

 二人は、お酒を飲みながらよもやまの話をあれこれした後、壺公が言いました。

 「わしは間もなく人間界を去ることになった。お前さまはわしについてくる気持ちがあるかの?」

 「勿論行きたいのですが、家族にどう言ったらいいのでしょう。仙界に行くことは秘密にしなければいけないのではありませんか?」

 「そんなことは易しいことじゃよ。」

 壺公は一本の青い竹の竿を費長房に渡して言いました。

 「この竹の竿を持って家へ帰りなさい。家族には病気になったと言って、この竹の竿を自分の寝床に横たえ、布団を被せておくと良い。それから黙って家を出なされ」

 費長房は壺公の言われた通りにしました。

 費長房が家を離れた後、家族は寝床に横たわった費長房の遺体を見つけました。家族は費長房が死んだと思い、泣いて葬式を行い埋葬しました。

 費長房が壺公のところに戻ると、間もなく意識が遠のいてゆきました。そして再び意識が戻って気が付いてみると見知らないところを壺公の後について歩いていました。

 そのまま壺公に連れられて歩き続けていますと、突然目の前に虎の群れが現れました。壺公は虎の群れを離れ、費長房だけが取り残されてしまいました。虎は牙をむきだし、口を大きく開き、今にも費長房に噛みつこうとしましたが、彼は不思議と少しも怖くなかったのでした。

 翌日、費長房は石の洞窟に入れられました。頭の上には大きな岩が茅で編んだ縄でつり下げられています。そればかりではありません。見上げると沢山の蛇が縄にくるくる巻き付いて、縄を噛み、縄は今にも切れてその岩が頭の上に落ちて来そうです。しかし、費長房は何故か落ち着いていられました。

 壺公は費長房のところにやって来ると費長房の肩を撫でて

 「お前は立派な男じゃ。仙術を教える甲斐が有るのう」

 と言いました。

 続けて壺公は費長房に糞や蛆を食べさせようとしました。しかし、その悪臭に費長房の顔はこわばりとても口にすることができません。その様子を見た壺公は深いため息をして言いました。

 「お前さまはやはり仙人になるのは難しいようじゃなあ。では、お前さまを地上に戻し、仙人になる代わりとして数百歳の寿命を与えようかの」

 壺公は呪語を書いた一巻の護符を費長房に渡し

 「これをしっかり身に付けおりなされば、鬼や悪霊を思うままに操ることができる上、どんな病気をも治すことができるのじゃ。災難から逃れることもできるというものじゃよ」

 と言って、費長房を地上に帰らせることにしました。

 しかし、費長房は自分が既に死んだと家族に思われている筈なので、もう帰れないのだと心配しました。すると、壺公は一本の竹の竿を出し言いました。

 「これに乗って帰るとよい、なにも心配することはないぞ」

 費長房は仙人になることに未練もあり、壺公と別れるのもつらく立ち去りがたい気持ちでした。しかし結局は、戻るしかないと覚悟を決めて、竹の竿に跨り壺公に別れを告げました。すると一瞬、眠気を感じたようでしたが、気が付くともう自宅の庭に立っていました。

 費長房が庭に立っている姿をみた家族は幽霊が現れたかと思い大変吃驚しました。
 費長房は

 「私は幽霊じゃない。怖がらなくてよい」

 と言って、自分に起こった一切を家族に詳しく話しました。しかし、家族はまだ半信半疑で、墓を掘って棺桶を開けてみますと中には竹竿が一本あるだけでした。

 費長房はたった一日しか経っていなと思ったのですが、家族の話では既に一年経っていると言います。

 その後、費長房は壺公から貰い受けた護符を使って、病気を治したり、鬼を退治したりし、護符の効力は壺公が告げた通りでした。

 その頃、費長房が住んでいるあたりには、妖怪がよく現れていました。妖怪は人間の姿で偉そうに馬の群れを従えてやって来、太鼓を鳴らしたりしながらあちこち歩き回り、府庁にまでに入って騒ぐので人々は大変悩んでいました。

 ある日、費長房は用事で府庁に行くと、ちょうど妖怪が府庁に現れて騒いでいました。

 「こら、そこに居る鬼め、おとなしくしろ!」

 と費長房が怒鳴りつけると、妖怪は慌てて馬から降り費長房の前へ出てひれ伏しました。

 「このおいぼれ鬼め!大勢の従者を使って府庁を襲い、人々を驚かせ、町中を騒がせるとはどういうことだ!死罪に当たるぞ!今すぐ正体を明かせ!」

 すると妖怪は忽ち車輪ほどもある大きなスッポンに変りました。費長房はその妖怪を人間の姿に戻すと、体に一枚の護符を貼付けました。妖怪は結局首を樹に縛り付けた状態で死んでしまい、町は再び穏やかな日々を迎えることができるようになりました。

 或る時は、東海地方で三年間も雨が降らなかったと聞き、費長房は雨乞いに行きました。ちょっとした技で東海を治めている神を操って雨を降らせました。

 一方、費長房は地脈を縮めたり、伸ばしたりすることも出来るので、千里先にあるものをすぐさま目の前に呼び寄せたり、目前のものを忽ち彼方へ送ることができたと伝えられています。話によると、費長房は二百歳ぐらいまで生きていたということです。 (終わり)

【註】
10,000銭=1両白銀=現在の2,000人民元

                                                                    


                         
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