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  媛媛講故事―44

怪異シリーズ 13    竇娥の冤罪 Ⅲ
                                 何媛媛


   
 この物語の頃(元代の初め)、死刑を執行する時刻は、正午でした。翌日、いよいよ正午近くなり処刑場の広場は処刑を見物しようという人でいっぱいでした。季節は6月で、汗ばむような陽気でした。

 正午の鐘が響き、牢の門が開けられ、紅い囚服を着せられた竇娥が警備の兵士たちに囲まれて門から出て来ました。刑執行監督人や首を切る刀を担いだ死刑執行人が其の後に続きます。竇娥の事件は、すでに町中の話題をさらっていましたので、その話題の人物を一目でも自分の目で見ようという人々で竇娥の周りはぎっしりと囲まれてしまいました。

 竇娥は、死刑の判決が下された知らせを前日に聞かされ、心は深い悲しみで張り裂けそうでした。そして広場に連れ出された竇娥は心の中で叫んでいました。

 「何故自分のようなか弱いものがでっち上げられた罪名を負わなければならないのですか? この世の正義はどこにあるのですか? 善には善の報いがあり、悪には悪の報いがあると言われているではありませんか? 役人たちはどうして本当の殺人犯をとらえようとしないのですか? どうして正しい事と間違っていることを見極めようとしないのですか? これらもろもろのことを私はどう考えればよいのですか」

 兵士たちはやっとのことで、竇娥を刑場の中ほどへ連れて来ました。処刑の場所には蓆が敷かれていました。当時、棺桶を買えないような貧しい人々は蓆で巻かれてそのまま埋葬されたのです。

 蔡婆が竇娥の前に来ました。二人は抱き合うと言葉なく泣き崩れました。しかし、竇娥は気を取り直し、顔を上げて周囲を見渡しました。なんと大勢の人が自分を見つめているのでしょうか。竇娥は、自分の心の中にわだかまる疑問を広場に集まった人々に聞いて貰いたいという衝動に突き動かされ、大きな声で叫び始めました。

 「皆さん私は冤罪です。でたらめな裁判で処刑されるのです!私は人を毒殺などしていないのです!本当の殺人犯は私ではありません!あの無頼漢です!」

 元々、町の人々は蔡婆と竇娥は人柄がとても良いと知っています。竇娥が叫ぶ声を聞いた人々は議論し始めました。

「そうだ。竇娥は決して人を殺すような人間ではない」

 「真相がまだはっきりしていないというのに急いで刑を執行するというのは可笑しい」

 「裁判官はきっと大金を貰ったに違いない」

 刑執行監督人は竇娥が大声で見物人に呼び掛けるのを聞くと慌てて止めようと

 「さあ、刑執行の時刻になるぞ!余計な話はするな!言いたいことはさっさと言え!」

 と言いました。

 竇娥は暫く考えてから話し始めました。

 「私はもう死ななければならないようです。しかし、私が死んだら三つのことが起るかもしれません。この三つの出来事が起ったら私が冤罪だという証明だと思ってください」

 「なんだと。その三つの出来事とはなんだ。早く言ってみろ!」

 監督は竇娥に三つの出来事を話すように促しました。

 竇娥は話し始めました。

 「私の傍に白い絹を一枚広げてください」

 「なんで白い絹をひろげるのか?」

 と監督が訊きました。

 「私の首が切られて落ちても血は一滴もこの蓆には落ちないで、全部白い絹に吹き掛かるでしょう。それが冤罪の一つ証明です」

 竇娥が答えました。

 「でたらめな話をするな!が、白い絹を用意するなど難しい事ではないから、本当かどうかは別にして、白い絹は用意してやろう!」

 監督が命じました。

 「で、次は?」

 「次は、私が死んだら、今は6月ですがきっと雪が降ると思います。雪が降れば、私が冤罪である二つ目の証明と思ってください」

 「冗談を言うな!こんな汗ばむような暑い季節に雪が降るなんてことがあるか!」

 竇娥は顔を天に向けて大きな声で叫び始めました。

 「神様、私は人を殺していません。私を憐れむなら、雪を降らせてください」

 「さあ、三番目を早く言え!もう時間がないぞ!」

 「昔、東海地方で大層親孝行な娘が冤罪で処刑されたことがありましたが、その地方はその後3年間旱魃が続いたということがありました。私が処刑されたら、こちらも3年間は雨が降らないでしょう。それは私が無実の罪を着せられて処刑されたことを神様が怒っている証明なのです」

 監督は

 「でたらめな話はもう結構だ!刑を執行しろ!」  と命令を下しました。

 死刑執行人はその命令を聞いて、竇娥に向かって歩いて行きました。とその時、突然強風が吹き始め、先程まで晴れ渡っていた天空の四方八方から黒い雲が湧いて、見る見るうちに空を覆いました。

 竇娥は大きな声で笑いました。

 「皆さん、見てください。私は無実です。!神様が怒っているのです!」

 執行人は竇娥の話が怖ろしく何も考えないようにして刀を素早く竇娥に振り下ろしました。刀が一瞬きらめくと竇娥の首が落ちました。が、不思議なことに、竇娥が言った通り、血はムシロに一滴も落ちず、傍らに広げた白い絹は血で真っ赤に染まりました。

 続いて、天空の黒い雲はぐんぐんと広がって、間もなく、なんと雪がちらちら舞い下りて来たではありませんか。

 人々は言葉なく呆然と、先ほどまで光り輝いていた6月の景色が雪景色に変わって行くのを見ているばかりでした。広場はしんとして物音一つも聞こえなくなりました。

 その後、竇娥の物語は町中で秘かに伝わり、老人から子供まで誰でもが知る話になりました。

 そして竇娥が予言したとおり、この山陽地方では、三年間、一滴の雨も降りませんでした。農作物は育たず飢饉となり、人々の生活は苦しくなる一方で、餓死する人や乞食になってあちこちへ逃れて行く人が大勢出ました。加えて窃盗事件や、金品を狙う殺人事件なども多発し、治安も大変悪くなっていました。

 この三年間の山陽地方の状況は朝廷にまでも伝わることとなり、その事情を調べてみようと天子の指示が降り、朝廷から秘密裏に一人の正義感溢れる役人が山陽地方へ派遣されました。この役人こそが正に15年前、都へ行って科挙試験を受けて合格し、出世した竇娥の父である竇天章でした。
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