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  媛媛講故事―42

怪異シリーズ 11    竇娥の冤罪
                                 何媛媛


   
 元代(1206~1368)の初め頃、竇という書生がいました。都に出て科挙の試験に挑戦して、出世の機会にしたいと思いましたが、生活が貧しく、都に上る費用がありませんでした。妻は四年前に亡くなり、七歳になる、端雲という娘がいました。

 或る時、生活をどうしても維持できなくなり、仕方なく同じ町に住む蔡婆という高利貸に20両の銀を借りました。一年を経ても返せなかったため、借金は40両になってしまいました。しかし、蔡婆はそのお金の返済を催促しませんでした。実は蔡婆には八歳になる息子と二人だけで暮らしていたのですが、日頃から竇さんの娘がとても気に入っていたからです。 
 蔡婆は願いました。

 「端雲は、まだ七歳になったばかりだけれど、心が優しく、利口だし、家事もいろいろよく出来る。うちの息子の嫁になって貰えたらいいなぁ」と。

 中国では、古くから、「童養嫁」という習わしがあります。将来息子の嫁にするため、女の子を子供の時から、金品と引き換えに引き取り、息子の面倒を見させたり、家事の手伝いをさせたりして、二人が成人してから挙式を行うという風習です。

 蔡婆は竇に言いました。

 「端雲のことがとても気に入っているの。息子の嫁になってくれれば、40両のお金はもう返さなくてもよいわ」
 竇はそれを聞いて考えました。もし娘が蔡婆の息子の嫁さんになれば、食べ物も、着るものにも娘は悩むことがなくなります。もっと嬉しいことは、40両のお金を返さないで済めば、自分の念願だった科挙受験の費用も解決することができるのです。

 竇はいろいろ考えた末、思い切って蔡婆の提案に応じました。

 「では、娘のことをぜひお願いします」

 「ご安心ください。端雲の面倒はきっとよくみるわ」 蔡婆は嬉しく思って約束しました。

 竇がいよいよ受験に向かう前、娘の端雲に「蔡婆の言うことをよくきくのだよ。父さんが出世したら、お前をきっと迎えにくるよ」と言い聞かせ、受験の旅に出かけました。

 端雲は蔡婆の家に来ると、真面目に蔡婆に仕え、一生懸命に家事を手伝い、蔡婆に大変喜ばれました。

 けれども、二、三年後、戦乱が起こり、竇からの消息はないまま、蔡婆一家はもと住んでいたところから引っ越すことになり、蔡婆は端雲の名を竇娥と変えました。

 息子が十七歳になった時、蔡婆は二人の結婚式を行いました。そして、竇が都に旅立ってから十三年経ちました。が、竇は帰って来ませんでした。蔡婆と竇娥と息子三人は、睦まじい平安な生活を送っていました。しかし、息子は体が弱く結婚して二年後亡くなり、家には女二人だけが残りました。

 蔡婆からお金を借りている賽という男がいました。賽は、薬屋を経営していたのですが、品行の良くない人でした。
 ある日、蔡婆は貸してあるお金を回収するため、一人で薬屋のところに行きました。ところが賽はお金を返したくない一心から、蔡婆を殺してしまおうと思いました。「一緒にお金を取りに行かないか」と言って、蔡婆を騙して寂しい林の中に連れ出しました。そしてやにわに蔡婆の首に縄を掛け絞め殺そうとした丁度その時に、二人の男にぶつかってしまいました。賽は吃驚して慌てて縄を捨てて逃げました。この二人の男は、親子してごろつきの無頼漢で、思いも寄らない事件に出会い蔡婆を救い出しました。蔡婆から詳しいいきさつを聞いた二人は、蔡婆が高利貸で、しかも家には男がいず、女性二人で住んでいることが分って、悪意を抱きました。

 息子は父に目くばせをすると蔡婆に言いました。

 「これは、なんという縁だ。おれと親父は二人の男、あなたと嫁は二人の女、二組の夫婦になれば、ちょうど良いではないか」

 蔡婆はびっくりして、頭を振って

 「それはできませんよ。危ないところを救って頂いてご恩をお返ししなければならないですが、夫婦になることはできません。ご一緒に家へ戻り、お礼にお金を差し上げます」

 と言いました。

 息子は蔡婆に拒否されるやすぐに凶暴な顔つきになり、

「なんだって? 応じられないというのか? じゃぁ、さっきあなたを殺そうとした薬屋の縄はまだおれの手にある。この縄であなたの首を絞めて殺してやろうか」

 といいながら、縄で蔡婆の首に縄を掛けようとしました。

 少し前に危うく薬屋に殺されそうになったばかりというのに、今また同じような状況に直面し、蔡婆は怖ろしさに震えあがり、

 「分った、殺さないでおくれ。兎に角家に一緒に帰りましょう」

 とひとまず答えました。

 家に帰ると、お酒や、美味しい食べ物で無頼漢の二人をもてなし、嫁の竇娥に事情を詳しく説明しました。
 「母さん、それはとてもできないことですわ。ちょっと見ただけでも二人は良い人とは思えません。悪人を家に引き入れたら、きっと災いを招くでしょう。早く家から出て行ってもらいましょう」

 竇娥が言いました。

 しかし、蔡婆がお金をいくら出しても、いろいろ頼んでも、無頼漢の親子は、全く耳を傾けないばかりか、家から出て行こうとしません。無頼漢はそのまま蔡婆の家に二、三日居続けました。

 その間にも、無頼漢の息子は、チャンスがあれば、竇娥を手籠めにしようとしましたが、気骨のしっかりした竇娥に却って厳しく叱られ、思い通りにはなりませんでした。遂に無頼漢の息子は竇娥を意のままにできない怒りのあまり、

 「蔡婆を殺して、竇娥を一人にし、頼るものがなくなったら、言う通りなるかも知れない」

 と考えました。そこで、蔡婆を殺そうとしていた薬屋の賽のことを思い出し、  
 「よし、良い策があった」

 と賽を訪ねて行きました。

 一方、賽は先日蔡婆を殺そうとしたところを人に見られてしまったのでびくびくしながら過ごして来ました。そんなところへ自分の悪行を見た人が訪ねて来たので大変吃驚しました。

 「毒薬を配合してくれ!さもしなければ、お前を告発してやるぞ!」

 と無頼漢は、賽が先日蔡婆を殺そうとしたときに使った縄を持ちだし、賽にみせると脅迫しました。

 賽は告発されるのを恐れて、毒薬を配合してやりました。無頼漢が帰って行くと賽は遠くへ逃げて行きました。(続く)




                         
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